尼崎薬品の谷山と、全国で救命教育の普及に尽力されている桐田さんによる対談をお届けします。学校や地域におけるAEDの現状から、救命教育マニュアル「ASUKAモデル」が誕生した背景、外からは見えにくい遺族の葛藤や周囲のサポート、そして「使われてこそAED」という命への熱い思いまで、じっくりとお話を伺いました。
設置から「使用」へ、日本のAEDが抱える課題
谷山: 本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。私は熊本でAEDの販売や薬品の卸を行っている尼崎薬品の谷山と申します。桐田さんのご著書や活動を拝見し、本当に感銘を受けました。
桐田さん: わざわざ熊本からお越しいただき、ありがとうございます。著書『「ASUKAモデル」の誕生 いのちをつなぐAED』は、文献の確認も含めてすべて自分たちで手作業で行ったので、完成させるのは本当に大変でした。でも、そう言っていただけて嬉しいです。
谷山: 弊社は九州地区で約20年にわたり、AEDの販売・保守に携わってきました。ただ、私たちは単にAEDを売るだけでなく、講習会もセットで行っています。日本のAED設置台数は世界トップクラスですが、心停止が目撃されたケースのうち、一般市民によってAEDが使用された割合は約5%と極めて低いのが現状です。私自身、点検などで設置先へ伺った際に「どこに置いたっけ?」「鍵がかかっていて出せない」という場面に何度も遭遇してきました。これでは「本当に命を救えるAED」とは言えません。そこで弊社では、使用率を30%に引き上げる「Go!30 AEDプロジェクト」を立ち上げ、誰もが気軽に触れて使える環境づくりを目指しています。
桐田さん: 「飾るものではなく、使うもの」ということですね。本当にその通りだと思います。AEDは、心電図を解析し、電気ショックが必要かどうかを判断してくれます。そして、次に何をすればよいかを音声で教えてくれる、ミニドクターのような頼れる存在です。
暗転した日常と、救われなかった命
谷山: 本日は、ASUKAモデルが誕生したきっかけである、2011年の事故当時のお話も改めて伺えればと思います。
桐田さん: はい。あの日、娘の明日香は「今日、駅伝の選考会の練習頑張るね。ママ大好き」と言って、元気に学校へ登校していきました。それが、娘と交わした最期の言葉になりました。
看護師の仕事をしていた私は、明日香が倒れた日、夜勤の予定でした。夜勤を開始してまもなく「ご家族から外線です」と連絡が入ったんです。嫌な予感がしながら電話に出ると、「明日香が駅伝の練習中に倒れて心肺停止になった。脳死かもしれない」と夫から告げられました。
谷山: 想像もできないほどの衝撃だったと思います。
桐田さん: 病院へ駆けつけても、自己心拍が再開していない厳しい状況で、しばらく面会はできませんでした。
ようやくICUへの入室が許されましたが、ネームプレートで「桐田明日香」と確認しなければ、ベッドに横たわっているのが明日香だとわからないほど、治療により浮腫んでしまっていました。
意識のない明日香に呼びかけると、その声に反応するかのように両目から涙がこぼれ落ち、私の手で受け取ることができました。翌日、多臓器不全・脳浮腫が進行し、生命の維持が困難になっていく中でも、家族の声がけに応えるように心拍が一時的に安定することもありました。
明日香は最後まで懸命に頑張ってくれましたが、9月30日21時48分、永遠の眠りにつきました。
谷山: 当時、学校側からはどのような説明があったのでしょうか。
桐田さん: 病院のICUの前で校長先生に「なぜ、明日香にAEDを使ってくれなかったのですか?」と問いかけたところ、「明日香さんに脈と呼吸があったからです」という返答でした。しかし、救急隊到着時は心肺停止状態。倒れてから救急隊が到着するまでの約11分間、AEDの使用を含む救命処置が何一つ行われていませんでした。なぜ、このような状態だった明日香にAEDを使ってくれなかったのか、その事実を知るまでは、本当に苦しく強い不信感が募る日々でした。
「わからなくても、まずはAEDを持ってくる」ASUKAモデルの誕生
谷山: その深い悲しみと不信感の中から、どのようにして「ASUKAモデル」の作成へと動かれたのでしょうか。
桐田さん: 転機となったのは、事故から約2ヵ月後、当時の教育長が「元気に学校へ行った明日香さんを、無事に戻すことができずに申し訳ありませんでした」と、一人の人として心から謝罪し、私たち遺族に寄り添ってくれたことです。また、新聞記者の方々が、単なる取材対象としてではなく、一人の人として明日香のことを想い、再発防止のために寄り添い続けてくれました。彼らの存在が大きな心の救いでした。
その後、明日香のような事故を二度と繰り返さないように検証委員会報告内容を踏まえて、教員研修で活用できる事故防止を目的としたテキストを作ることが必要と考えました。テキストに関わるプロジェクトチームには、私たち遺族や教育委員会のメンバーも加わりました。ヒューマンエラーの分析手法を用い、死因究明だけではなく「判断や行動での問題点」を明らかにした行動分析による再発防止策をまとめたものが、ASUKAモデルとなるテキストです。
谷山: 現場の先生方が「呼吸がある」と誤認してしまった背景を、どう変えていくかが大きな課題ですよね。
桐田さん: そうです。人は「息をしているように見える」と、つい安心したくて「呼吸がある」と判断してしまいがちです(死戦期呼吸の誤認)。そこでASUKAモデルの判断行動チャートでは、「わからない」という選択肢を意図的に設けました。普段通りの呼吸が「あるかないか、わからないなら、胸骨圧迫と、迅速にAEDを持ってきてパッドを貼る。判断はAED(機械)に任せればいい」というアプローチです。この「わからない」という選択肢があることが、現場の先生方にとっても、次の救命行動の一歩を踏み出す勇気と行動につながっています。
谷山: 素晴らしいです。判断を人に委ねるのではない、AEDに任せる。それが心理的ハードルを下げる最大の鍵ですね。
「願いを共有する人のチーム」として未来へ
桐田さん: ASUKAモデルは、「日常の予防」「運動時の予防」「発生時の対応」「事後の記録とケア」という4つの柱で成り立っています。明日香が亡くなったちょうど1年後の9月30日、このテキストは完成しました。私にとって悲しい命日だった日が、ASUKAモデルの「誕生日」へと切り替わった瞬間でした。
ある時、このモデルを使った小学生向けの救命授業が行われた際、事故当時の教育長が、「ASUKAモデルの本質は『願いを共有する人のチーム』ですね」とおっしゃってくれました。医療、学校、消防、遺族といった垣根を超えて、みんなが「二度と同じ悲劇を繰り返さない」という一つの願いに向かってつながることこそが、このモデルの価値なのだと。
谷山: 「願いを共有する人のチーム」、本当に胸に刺さる言葉です。私たち尼崎薬品も、ただの販売業者ではなく、そのチームの一員として、命を救うための「思い」と「スキル」をセットで届けていかなければならないと強く思いました。
桐田さん: ありがとうございます。私はいつも、この活動を「タンポポの綿毛を飛ばすような気持ち」で行っています。グイグイ押し付けるのではなく、相手の立場に立って、心にそっと救命の種を届けていく。そうして全国に飛んでいったタンポポの綿毛のように、想いの種が各地で芽吹き、実際に多くの命を救う事例につながっています。
ASUKAモデルは作って終わりではなく、時代やガイドラインに合わせて成長していくテキストです。これからも多くの人に育ててもらいながら、人が倒れたときに誰もが当たり前にAEDを持っていき、協力し合える社会をつくっていきたいですね。
谷山: 弊社の「Go!30 AEDプロジェクト」も、まさにその綿毛を熊本から広げていく活動だと確信しました。桐田さんの想いをしっかりと受け継ぎ、これからも「設置されるAED」ではなく、「使われるAED」を増やすために尽力してまいります。本日は本当に貴重なお話をありがとうございました。