前編を読む

救われた命──
グラウンドでの、
あの1分間

前編では、お子さまの病気をきっかけにAEDを持ち歩くようになった田中コーチの体験と、当事者として感じる「軽量化」や「保険適用」といった普及への課題を伺いました。後編では、田中コーチのAEDが実際の救命現場で使われた、あの1分間の出来事から、オートショックAEDなどの最新トピック、そしてAED普及への展望まで、引き続きお話を伺います。

少年野球グラウンド

救われた命──グラウンドでの、あの1分間

谷山: 改めて、AEDが使われたときの状況を伺ってもいいですか。

田中コーチ: 小学生の試合が終わって、歩いてきた審判の方が、しゃがんだ瞬間にパタッと倒れたんです。会長が、救急救命士の資格を持つ監督を呼んで。監督が「これはおかしい」と胸骨圧迫を始めて、看護師さんも2人ほど駆け寄って、「質が下がるから」と交代しながら続けてくれました。そこで「AED」となったとき、まさに皆が探して散り散りになった。でも私が持っていると知っている人がいて、グラウンドの真ん中にいた私のところへ走ってきて「AED貸して」と。車まで取りに行って現場へ運びました。ちょうど中学校の保健体育の先生がいて「使い方が分かります」と操作してくれた。だから、誰がボタンを押すかでもたつくんです。皆テンパっているし、「本当に押していいのか」というためらいがある。今回は監督が救急救命士で、先生が知識を持っていたから押せた。でも、そこが使用率の問題そのものだと思います。

谷山: AEDがあって、使えて、押せて。その審判の方は、いまは。

田中コーチ: 普通に仕事をしています。はたから見ても全然分からない。また審判もやっています。

谷山: すごいですね。AEDは、まず電気ショックが必要かどうかを機械が判断してくれます。必要と判断された場合だけ、電気ショックを行う仕組みです。その後も、救急隊が到着するまではAEDの音声ガイダンスに従って、胸骨圧迫と解析を繰り返していきます。機種によっては、電気ショックの強さを段階的に変えるものもあります。

田中コーチ: あのとき音声ガイダンスが「離れてください」「押してください」と言ってくれた。あれは本当に素晴らしい。そう言われると「押していいんだ」と思える。何も言わずに「貼って」だけだったら不安ですから。その使いやすさも、もっと訴えていった方がいいと思います。

押すことへのためらい──オートショックAEDへの期待

谷山: 私自身は医療従事者ではありません。だからこそ、「一般の人にどうすれば使いやすくなるか」という視点を忘れないようにしていて、「迷ったら、とにかくパッドを貼る」とお伝えしています。貼れば、本当にショックが必要かどうかは機械が判断してくれますから。電気ショックが必要と判断されても、救助者がためらってしまったり、現場の混乱でショックボタンを押すまでに時間がかかってしまったりすることがあります。「怖い」という理由に加えて、意外と多いのが、現場が騒がしくてガイダンスが聞こえないこと。「頑張って」「生きろ」という声で「ボタンを押してください」が聞こえず、胸骨圧迫に集中してしまう。ショックボタンを押すまでに時間がかかると、機種によっては再解析や再充電が必要になり、電気ショックまでの時間が遅れてしまうことがあります。1分遅れるごとに救命率は10%下がるので、本当にもったいないんです。

田中コーチ: あのときも、知識のある人が周りを「離れて」とさばいていました。子どもも大人も。

谷山: それが本当に大事です。日本でも2021年から、ショックボタンを押さなくてもAEDが自動で電気ショックを行う「オートショックAED」が使われるようになりました。電気ショックが必要と判断されると、「離れてください」という音声ガイドやカウントダウンの後に、自動でショックが行われます。ボタンを押す心理的な負担を減らせる一方で、周囲の人が傷病者からしっかり離れることが大切になります。AEDを使用した人が、その後メンタル面で悩んでしまうことも実は多いんです。「自分の蘇生法は正しかったのか」「もっと早く押せていれば」「自分のせいで負荷がかかったのでは」と。最後の「人がボタンを押す」というアクションがなくなることには、そういう意味でも大きな価値があります。委ねるべきところは機械に委ねる、という流れですね。ただいまは過渡期で、手元のAEDがオートショックなのかどうかが機種によって変わってきます。混乱の原因にもなるので、購入いただいた方にはきちんとお伝えするようにしています。

普及のカギは「組織」と「持ち運びやすさ」

田中コーチ: 普及を考えると、学童野球やサッカーのような、スポーツの連盟が一つの鍵だと思うんです。そういう組織で講習会をして、うちのような事例を見てもらえれば、「チームで借りておこう」というところは増えるはず。そもそも「リースで借りられる」という知識を、ほとんどの人が持っていないんです。うちも、私個人で持っていたものを、いまはチームで借りる形になりました。監督が救急救命士なので年に1〜2回は講習会もしている。総会や抽選会のような、大きな集まりの場で講習会をすれば、全然違うと思います。熊本も少年野球チームが多いので、連盟に「こういうことがあって」と伝えれば、需要はぐっと増えるはずだと、ずっと思っていました。

谷山: 小中学生の野球チームで、AEDを持っているところは多くない、と。

田中コーチ: 多分、少ないですね。ただ、先日練習試合をした福岡のチームは持っていたようです。身近に感じたところは備えている。これって子どものためだけじゃなく、見に来ているおじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、審判の方まで、まったく関係ないところでも使える。それが一番のポイントですから。

谷山: 今回の事例が、まさにそうですよね。

田中コーチ: そうなんです。講習まで受けて、身近にこういう事例があったと分かれば、使用率は上がる。チームで持っていれば、試合に持っていかないチームはまずない。「何のために持っているんだ」という話になりますから。近くにあれば、必要な時に使える可能性はぐっと高くなると思います。それに、持ち運びについても一つ。知らない人にとっては、ただの重い荷物なんです。私が指導者として別の場所で話している間に、他のお母さんが「持っていってあげよう」と思っても、「これ、何が入っているの」「重いね」となってしまう。だから組織で備えるにしても、もっと持ち運びしやすくなるといいなと思います。

谷山: AED本体のサイズを私たちが変えることはできませんが、ケースや持ち運び方には工夫の余地があると思っています。たとえば、スマートフォンケースのように、できるだけ薄く、持ち運びやすい形にできないか。そこに保管方法や使い方を分かりやすく表示できれば、AEDを持ち歩くハードルを下げられるかもしれません。とり急ぎ、いまの大きなケースより小さいメーカーオリジナルのケースをお送りしますね。さらに薄いものも、メーカーにぜひフィードバックします。

田中コーチ: 本当ですか、ありがとうございます。子どものリュックに入れて運べるくらいになれば、ぐっと身近になります。あと一つ質問で、直射日光や暑い日に、車の中に置いておいても大丈夫なんですか。

谷山: AEDには機種ごとに、使用・保管できる温度範囲があります。田中さんが持たれている機種も比較的広い温度範囲に対応していますが、直射日光が当たる場所や夏場の車内は、対応温度を超えてしまう可能性があります。なので、試合の時に持ち出すこと自体はしやすいと思います。ただ、車内に置きっぱなしにする場合は注意が必要です。夏場は特に、日陰やテント内など、熱がこもりにくい場所で管理するのが安心ですね。

田中コーチ: なるほど。車に積んでおけたら一番楽だと思っていましたが、夏場は特に気をつけた方がいいんですね。試合の時は持ち出して、日陰で管理するようにします。

谷山: 田中コーチのチームのように、「あったら絶対に持っていく。持っていったら必ず使う」というマインドが、地域やスポーツ団体全体に広がっていくよう、私たちも「Go!30 AEDプロジェクト」を通じて、全力でサポートしていきたいと思います。本日は大変貴重なお話をありがとうございました。

あなたの物語も、
聞かせてください

AEDにまつわるあなたの経験が、誰かの一歩を後押しします。

物語を投稿する