ストーリー一覧へ

「持っていたから、助かった」
AEDを携える指導者が語る、
本当に使える社会への課題

GO!30 STORIES第1回では、救命教育マニュアル「ASUKAモデル」が生まれた背景を伺いました。今回は、お子さまの病気をきっかけにAEDを持ち歩くようになり、そのAEDが少年野球の試合会場で倒れた審判の方の救命につながった、田中良明コーチにお話を伺いました。AEDが使われたリアルな現場の状況から、当事者だからこそ感じる「軽量化」や「保険適用」といった普及への課題、そして「Go!30 AEDプロジェクト」への思いまで、じっくりとお話を伺いました。

田中良明コーチ

設置から「使用」へ、日本のAEDが抱える課題

谷山: 本日はお忙しい中、お時間をいただきありがとうございます。私は熊本でAEDの販売や薬品の卸を行っている尼崎薬品の谷山と申します。AEDは消耗品の交換や本体の更新があるのですが、設置先に伺うと「あれ、どこだったかな」と事務所の奥から引っ張ってこられたり、「自治会長さんに電話しないと公民館の鍵が開かないので待ってください」と言われたり。これは本当に使われることがあるのだろうか、というAEDを数多く目の当たりにしてきました。そこで、ただ売るだけでなく使用率を上げたいと考え、7月1日にスタートするのが「Go!30 AEDプロジェクト」です。

田中コーチ: なるほど。

谷山: 日本にはAEDが世界トップクラスにあるんです。ただ、一般市民によるAEDショックの実施率は、約4〜5%にとどまっています。公民館の中で鍵がかかっていたり、夜間は施設に閉まっていて使えなかったり。だからこれ以上増やすよりも、まずは「あるものをちゃんと使える状態にしたい」という思いがあります。「Go!30」は、いま4〜5%の実施率を30%にしようという意味です。日本はAEDの設置台数自体は世界トップクラスです。だからこそ、設置されたAEDを「見つけられる」「取り出せる」「使える」状態に変えていけば、使用率を大きく伸ばせる可能性があると思っています。

田中コーチ: 数はそれだけあるわけですからね。

谷山: 活動の柱は4つです。まず誰でも「触れる環境づくり」。トレーナーや教材などを通じて、まずAEDに触れる機会を増やしていく。次に「24時間アクセスの推進」。いつでも誰でもアクセスできる設置環境を広げていく。3つ目が、今回お邪魔したきっかけでもある「当事者の声と事例の発信」。そして4つ目が「新しい仕組みの開発」で、救命への心理的ハードルを下げる仕掛けをつくっていきたいと考えています。いま事例集めをしているのですが、これがなかなか難しくて。実際にそういう場面に遭遇する機会自体が少ないですし、命は取り留めても後遺症が残っている場合は、どこまで発信していいものか悩む部分もあります。今回お引き受けいただき、本当にありがとうございます。

田中コーチ: いやいや、私もそんなに詳しくはないので、大した話はできないかもしれませんが。

突然の診断、そして少年野球チームでのAED携行へ

谷山: 田中コーチがAEDを持つようになったきっかけは、どういったことだったのでしょうか。

田中コーチ: きっかけは、うちの子どもが心肺停止のような状態になったことです。病名は「QT延長症候群」でした。弟が看護師をしていて、「それならAEDは持っておいた方がいい」と。「どうしよう」となったときに、レンタルで借りられると聞いて、そこから持つようになりました。

谷山: お子さまは、水泳の授業のときに気づかれたんですよね。

田中コーチ: そうです。学校のプールの授業中に、1分くらい浮いた状態になっていたらしくて。周りの友達はふざけていると思ったそうですが、先生が気づいてすぐ引き上げてくれた。そのときは普通に戻ってきて、夕方には野球の練習に行こうとしていたくらいでした。ただ念のため病院に行ったら「QTが少しおかしい」と言われ、医大で調べて、という流れでした。本来はスポーツはしない方がいいという話ではあったのですが、小さい頃からやってきて、本人も続けたいと言っていたので、いまここで取り上げるのは難しいと。それで、こちらも準備をして続けさせることにしました。当時は小学生だったので深くは言わず、卒業後に本人へ病気のことをきちんと話しました。いまも中学校で野球を続けています。

谷山: そうなんですね。

田中コーチ: 条件は「毎日薬を飲むこと」。本人も「薬を飲むから野球をやらせてくれ」と言うので、試合のときは必ずAEDを持っていきます。中学では最初クラブチームに入っていて、ここで最初の課題に直面しました。遠くのグラウンドまでこのAEDを持って歩くのが本当に大変なんです。遠征が多く、私たちも仕事で行けないときは、子ども自身が遠征道具とは別にこれを持っていかないといけない。合宿のときは他の親御さんに頼んで持っていってもらう。それが少し心苦しくて。だから、もっと軽くできれば持ちやすいし、身近に感じられるのではないか、というのが一つの願いですね。

「どこにあるか分からない」を、なくしたい

谷山: 実物を見せていただいてもいいですか。(AEDが入った大きなアタッシュケース型のボックスを開ける)持ち運びが大事なのに、運ぶにはこのサイズが必要、というジレンマですね。こうしたレンタルタイプのAEDは、実際に見るとサイズ感も含めて色々と考えさせられますね。

田中コーチ: そうなんです。もう少し軽くできるといい。それともう一つは、やはり「どこにあるか分からない」という問題です。今回の事故のときも、私がAEDを持っていることを知っていたのは、ごく身近な人だけでした。知らなかった人たちは、AEDを探しに走り回っていたんです。会場の周りには中学校しかなくて、その窓ガラスを割って取りに行こうとしていた人もいた。コンビニまで走った人もいました。事情を知っている人が「良明が持っているから」と私を呼びに来てくれて、なんとか間に合いましたが。だからこそ、誰でもすぐ取り出せる場所、できれば建物の外に置けるようにしてほしい。誰でも扱えるようにすると盗難などのリスクはあるかもしれませんが、それで助かる命の大きさを考えれば、外に出してもらえる環境になると、もっと身近に感じられるはずです。球場でも、グラウンドだけ使っていて建物の鍵が開いておらず、AEDはあるのに使えない、という状況がよくあります。自分の家族がそうなったら、私はガラスを割ってでも取りに行く。実際にこれで助かったと分かっているから。でも、その局面を経験したことがない人は、ガラスを割る時点でためらってしまう。そこが解消されるといいなと思います。

「自分の家族がそうなったら、私はガラスを割ってでも取りに行く。実際にこれで助かったと分かっているから」

命を守るための「保険適用」という提言

田中コーチ: もう一つ。QT延長症候群のような心臓の病気だと診断されたとき、AEDが保険適用になればと思うんです。安く持てるようになれば、一般の家庭でも持っておける。私たちはたまたま弟からレンタルの話を聞けましたが、知らない人がほとんどです。安く持てれば、家族が倒れたときに「うちにあるよ」とすぐ持って来られる。公民館まで探しに行かなくて済む。さっきの使用率の話も、ぐっと上がるんじゃないでしょうか。うちは3人子どもがいて、長男がこの病気で、いま1年生の子も同じように引っかかっています。QT延長症候群は2,500人に1人くらいと言われるくらいなので、自分たちも知らないだけで該当しているかもしれない。だからこそ、もっと身近に扱えるようになってほしいんです。

谷山: 本当にその通りですね。最近は、購入だけでなく月額リースやレンタルなど、導入しやすい選択肢も増えてきています。一度に大きな費用をかけるのではなく、月額で管理しながら備える方法もあるので、チームや施設の状況に合わせて選びやすくなっていると思います。

田中コーチ: そうですね。月額で利用できる形があると、個人やチームでも検討しやすくなりますよね。ただ通信で管理されていて、「使った」ことも向こうで把握してくれていたし、病院に出す書類(波形データ)も送ってくれました。借りた時点でオンライン管理になっていることを知らない人は結構いると思うので、その説明があるとありがたいですね。「ただ持っているだけ」ではなく、「見てくれている」「管理されている」と分かれば、持とうと思う人も増えるはずです。

谷山: おっしゃる通りです。そのオレンジ色のAEDは、日本国内でAEDを製造している日本光電の機種で、リモート監視端末が付いています。リモート監視端末によって、バッテリーやパッドの期限などを確認できるモデルです。また、使用後には救急や医療機関へ提出するための波形データを取り出せる場合もあります。日本光電は、国内AED市場でも高いシェアを持つメーカーです。弊社もずっとおすすめしてきました。ただ最近は、より小型・軽量で、持ち運びしやすい機種も増えてきています。企業によっては、営業車や業務車両にAEDを載せる取り組みもあります。軽くて持ち運びしやすい機種は、スポーツ現場や移動の多い場面で選ばれることがあります。一方で、学校や公共施設など複数台をまとめて管理する場合は、リモート監視機能が付いた機種が選ばれることもあります。AEDは機種によって特徴が違うので、価格だけではなく、設置場所や管理方法、誰が使う可能性が高いかまで考えて選んでいただくのが大切ですね。

続きを読む

後編 救われた命──グラウンドでの、あの1分間